|
2007-09-08 Sat 05:48
『ハツカネズミと人間』スタインベック著 日中戦争が始まった年に書かれたとは(憶え違いでなければ)……それを知らなければ到底思えないほど瑞々しい。根拠は全く無いがJ・アーヴィングも恐らくこの作品が好きなはず。だって後読感が似ている。しかし性質は全く違う。 J・アーヴィングの作品には不条理が多分に流れているが、それを補うかのように優しさで包み込む温かいお湯のようなところがある。作品自体がハッピーというわけではないが、そこかしこに優しさが滲み出ている。J・アーヴィング先生は最高だ! 同じくファースト・ネームがJhonのスタインベック先生。この作品には優しさもあり不条理がある。そして不条理が優しさを凌駕している。 ジョージとレニーという好対照の二人。賢明で小男のジョージと暗愚で大男のレニー。なんとなくお笑い芸人のキャイーンを思い起こさせられる二人。レニーはウドに思える。しかしジョージは天野くんには思えない。彼には申しわけ無いが私の頭の中のジョージは痩せている。それでも二人の関係はキャイーンを思い起こさせられる。 作品内容としてはページをめくる度にハラハラドキドキさせられる。しかしそのハラハラドキドキは燃え上がる灼熱のような熱さではなく、じわりじわりと炙られるような熱さで、後読感に浸るたびにジワジワと熱せられる熱さ。一瞬の局部火傷ではなく長時間に渡る全身火傷。そしてそう感じさせてもらえる小説が私は堪らなく好きである。 カポーティやサリンジャー、太宰に堀辰雄。特にサリンジャー。彼は最高だ! 『ハツカネズミと人間』に話を戻すとする。この作品において重要なのは始まりと終わりの位置づけではないだろうか。もちろん中間も大事である。中間が駄々くさになっていてはどうにもならない。『二十一世紀の精神異常者』の間奏に狂気のアドリブが存在するように! 一個の人間。何が人間? |
|
2007-08-26 Sun 18:05
『スケッチ・ブック』W・アーヴィング 著 この本を手に取った動機はハッキリと憶えている。 J・アーヴィングを探す度に「JじゃなくてWじゃねえか。期待させやがって!」 というようなことが頻繁に起こり、 「分かった、分かったよ。読めばいいんでしょ、読めば!」 と、W・アーヴィングはな〜んにも悪くないのに上梓約200年後の極東で私は心の中で悪態をついて手に取った次第で御座いまする。 しかも購入前に目次を見て「あっ! リップ・ヴァン・ウィンクルだ!」と小さく嬉々とし声を漏らしたんだから仕様が無い。 私にとって「リップ・ヴァン・ウィンクル」は映画『野獣死すべし』で知っているだけだったので、まさかその引用元とこんな偶然の出逢いをするとは夢にも思わず、レジへと走った。 「偶然というのは廻り回って必然になるんだなぁ〜。一見関係無いような事柄物事でも無関係なんてことは、無意味なことなんてのはないんだ」、なんて哲学的なことをその時思ったかどうかは定かではない。 さて、その「リップ・ヴァン・ウィンクル」は面白かったのか? 答えは面白かった。この本の話の中で一番好き。それに「リップ〜」だけでなく「幽霊花婿」に「妻」、「ジョン・ブル」も秀逸。 そしてなんといっても「スリーピー・ホローの伝説」に尽きる……と言いたいところだが、個人的には映画『スリーピー・ホロウ』の方が面白かった。しかし、原作というか土台(「スリーピー・ホロウ」の話はW・アーヴィングのオリジナルではなく一種の都市伝説のようなもの)を知った上で映画を観るのも一興ではないかと。 |
|
2007-08-01 Wed 14:22
今月の月刊プレイボーイに掲載されていた『売文稼業』(原題『The nib for hire』)という短編小説が面白かった。メチャクチャ面白かった。空前絶後に面白さだった。まぁ、最後のは言い過ぎですが。
なんとこの短編の著者はウディ・アレン。あのウディ・アレン。そしてウディ・アレンだからこそ読んだ。買わずに読んだ。 私にとって監督ウディ・アレンでも俳優ウディ・アレンでもなく、小説家ウディ・アレンというのは新鮮であり、そして新鮮でありながら瑞々しいのではなく燻されている、というかなんというか、あぁうぅ、その、あの、まぁ、うううぅ、頭がゴチャゴチャしてきた。 ウディ・アレンらしいアイロニーやユーモアが利いていて、そして活字だからこその映像にはない魅力を如何なく…………ダメだ。まてめらンないや。 まぁ、ウディ・アレンという男は想像力を具現化する能力が異常なんだろう。簡単に言えば天才。「天才」という一言では納まらない天才。あぁ、『BANANA』観たくなってきた。 …………支離滅裂な文章だ。 兄 |
|
2007-07-01 Sun 14:33
「組織」に連勝。ヤツらは油断していた筈だ。というより、約一時間で某有名中古書店を三軒廻ったギネス級のペースに虚をつかれたのだろう。ざまーみろってんだ。
まさか、『タイタンの妖女』以外にヴォネガット作品が売られているとは。何ともはや不思議なこともあるもんだ。だって今の今まで(昨日の昨日まで)『タイタンの妖女』以外にヴォネガットの中古本なんてお目にかかったことなかったもん。 今さらだけどヴォネガットってマニアックなんだな〜、人気があってもカルト的なもんなんだな〜、と最近よく思う。 『勝手にヴォネガット推進委員会会長兼勝手にハーモニウム愛護団体団長』のわたくしとしては、なんだかな〜、と思う次第であります。 大型書店の書棚にずらーーーーっとヴォネガットの作品が敢然と並び、希代のニヒリストを賛辞するポップが掲げられていないのが嘆かわしいよ。っていうか選ばせてくれよ〜〜。どれにしようかな〜、って買わせてくれよ〜。行くところ行くところホントに置いてない。極端な作家だからしようがないかな。作風は常軌を逸しているし。けれど、思い遣りや優しさは溢れ出てるんだけどなぁ。それにしても、こないだ買った『デッドアイ・ディック』は1998年が初版で2007年に第二版ってのには一驚した(しかも6月15日付け。超最近じゃんか。はぁ〜) まあ、兎にも角にも僅かながらストックが出来たからいいんだけど。さあ、今からヴォネガットだ。さて、どれを読もうかな♪(って手許にある未読は2冊しかない。いや、2冊もある。はぁ〜)。 |
|
| My dying memory |
NEXT≫
|





